神戸地方裁判所 昭和31年(ヲ)11号 決定 1956年2月06日
申請人 近畿不動産有限会社
被申請人 安場チエ子 外一名
主文
申請人の申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
理由
一、申請の理由
申請人は、「当裁判所昭和二十七年(ケ)第九〇号不動産競売事件につき、当裁判所執行吏は、別紙目録<省略>記載の不動産に対する被申請人等の占有を解いて、これを申請人に引渡すことを命ずる」との決定を求め、その申請の理由として、「別紙目録記載の建物は、元中原ふじゑの所有であつたところ、右建物につき工事代金先取特権を有する船引信示(後に死亡により船引静代外四名が承継)が、先取特権に基く競売を申立て、(当裁判所昭和二十七年(ケ)第九〇号)、当裁判所において昭和二十七年五月二十四日競売開始決定がなされ、同三十年十二月二十日申請人がこれを競落し、同月二十二日競落許可決定がありこの決定が確定したので、申請人は同三十一年一月十日競落代金を完納し、当裁判所の嘱託により同月十一日申請人名義に所有権移転登記を了した。よつて申請人は、本件建物を現に占有している被申請人等に対し、これが引渡を求めたところ、被申請人等は、同二十九年四月頃以降中野真一から本件建物を賃借していた船越某から賃借権を譲り受け、これについては中野のみならず中原の承諾を得たもので、申請人に対抗し得る正当な賃借権に基き本件建物を占有していると称して引渡さないから、本申請に及んだ」。というのである。
二、当裁判所の判断
(一) 事実関係に対する判断
(1) 昭和二十六年六月十四日、貫名庄次郎が、中原ふじゑから本件建物の建築工事を請負い、その工事費用について先取特権保存登記をしたが、その後右請負代金債権を野上彌市を経て船引信示(本件競売申立人)に順次譲渡し、同二十七年五月六日、それぞれ先取特権移転登記を了したこと、本件建物竣工後である同二十七年五月十五日、右先取特権の登記がなされた同一登記用紙に、中原ふじゑの所有権保存登記(以下甲登記という)がなされたこと、船引が中原を債務者として、右先取特権に基き本件建物の競売を申立て、当裁判所昭和二十七年(ケ)第九〇号不動産競売事件として、同二十七年五月二十四日競売開始決定があり、同月二十八日競売手続開始の申立があつた旨の登記がなされたこと、同年六月二日附当裁判所執行吏作成の賃貸借取調書には、中野真一が本件建物を自己の所有であると主張して占有使用するほか、他に賃貸借がない旨記載されいること申請人が本件建物を競落し、同三十年十二月二十二日競落許可決定がなされ、これが確定したので同三十一年一月十日申請人が競落代金を完納した上、被申請人等に対し本件建物の引渡を求めたが拒絶されたこと、
(2) 他方、同二十六年九月六日、中原が本件建物につき別に所有権保存登記(以下乙登記という)をした上、同二十七年四月一日これを中野に売却して、同月七日その所有権移転登記をし、爾来、中野が所有者として本件建物を占有使用していたが、同二十九年四月頃、これを船越某に賃貸し、その後被申請人等が船越から賃借権を譲り受け、これについて中野の承諾を得、敷金、賃料等を同人に支払い、現在まで本件建物を占有使用していること、はいずれも本件記録及び相手方等審尋の結果によつて認めることができる。
(二) 本件申立の適否に対する判断
(1) 競売法三二条二項、民事訴訟法六八七条三項による不動産引渡命令は、競売手続における債務者(不動産所有者)及びその一般承継人に対して発し得ることはいうまでもなく又競売手続開始決定による差押の効力を生じた後における債務者の特定承継人に対しても、これを発し得ることは、民事訴訟法六五〇条、六五一条、六四九条、六八六条、及び、六九四条一項二号等の規定から考えて是認されるところであるが、差押の効力発生前から競落不動産を占有している者に対しては、その占有が債務者又は債権者-従つて競落人-に対抗し得る権原に基くか否かを問わず、又差押の効力発生後において債務者との間になんらかの承継関係なくして競売不動産を占有するに至つたすべての者に対しては、いずれも民事訴訟法六八七条三項による引渡命令を発することができず、これらの者に対して競落不動産の引渡を求めるためには、競落人において別に引渡の訴を提起するほかないものと解すべきである。
けだし、民事訴訟法二〇一条によれば、例えば家屋明渡を命ずる確定判決すら、口頭弁論終結後の承継人に対してのみ承継執行文を得て執行し得るのみであつて、口頭弁論終結前からの特定承継人、ならびに、その前後を問わずなんらかの承継関係なくして家屋を占有している者に対しては右判決をもつて明渡の強制執行をすることができず、改めて別訴を提起しなければならないのにかかわらず、債務名義によらずして開始される競売手続により競売不動産の所有権を取得した競落人が、-その所有権取得が競落許可決定によつて確定されたものであり、かかる競落人の権利は保護される必要があることはいうまでもないが、-これら占有者に対し、競売手続の後始末として簡易迅速を旨としてなされる引渡命令を求めることができると解することは民事訴訟法六八七条三項を不当に拡張するものであるといわねばならないからである。
尤も右のように解すると、差押の効力発生後債務者との間になされた契約(例えば賃貸借)によつて、正当に占有を始めた者に対しては引渡命令を求めることができるにかかわらず、債務者及び債権者-従つて競落人-に対抗し得るなんらの権原なくして占有を始めた者に対しては引渡命令を求め得ないという結果になるけれども、立法論としては格別現行法の解釈としては止むを得ないところであろう。
(2) これを本件について考えてみると
(イ) 本件建物の所有者たる中原が、本件建物につき甲乙二重の保存登記をしたものであるが、所有権につき二以上の別用紙に保存登記をすることは法の許容しないところであつて、建築工事費用先取特権保存登記がなされている不動産の所有権保存登記は、同一の継続用紙にしなければならず、これと別用紙になされた所有権の登記は、それが同一用紙になされた所有権保存登記より先になされた場合においても無効であると解すべきであるから(大審院昭和二、六、一〇判決新聞二七三〇号一五頁参照)、中野が中原から本件建物の所有権を譲り受け、乙登記の移転登記を経由したとしても、乙登記は右に述べた理由により無効であり、結局中野の所有権については対抗要件たる登記が無いことになる(さればこそ本件競売手続が、中原の所有物件として進められたのである)けれども、中原、中野間には所有権の譲渡を原因として本件建物の占有が適法に承継され、爾来次に述べる船越に対する賃借権設定に至るまでこの占有が続いていたものといわねばならない。
(ロ) ところで、本件競売による差押の効力発生後である昭和二十九年四月頃、船越某が中野から本件建物を賃借し、ついで被申請人等が船越から賃借権を譲り受け、これについて中野の承認を得てこれを使用占有しているのであるから、被申請人等は本件差押の効力発生前から存していた中野の-従つて債務者たる中原の-占有を承継したものといわねばならない。尤も被申請人等が賃借権を譲り受けるについて、中原の承諾をも得たとの主張(この事実は、被申請人市原審尋の結果認められないが、被申請人等代理人提出の答弁書に記載されている。)があるけれども、たとい右承諾の事実があつたとしても、被申請人等は本件建物賃借当初から現在まで、敷金、賃料等はすべて中野に支払つているのみならず、中原は右承諾当時、中野の所有権が先取特権者たる本件競売申立人に対抗し得ない関係から、競売手続においては所有者(債務者)として扱われているとはいえ、実体法上本件建物についてなんらの権原も占有をも有しないのであるから右承諾があつたことにより、被申請人等が債務者たる中原から賃貸借契約により、新たに本件建物の占有を承継したということができないことは、多言を要しないところである。
(ハ) してみると、被申請人等は、本件差押の効力発生後における債務者たる中原の特定承継人ということはできず、右効力発生前から引続き本件建物を占有しているものといわねばならないから、その占有が競落人たる申請人に対抗し得るかどうかにかかわらず、これに対して民事訴訟法六八七条三項による引渡命令を発することができないことは、前述(二(二)(1) )したところにより明かであろう。
以上の理由により、本件申請は理由がないから主文の通り決定する。
(裁判官 下出義明)